Galaxyの歴史②|Galaxyをつくったのは、エリートではなかった

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Galaxyの歴史②|Galaxyをつくったのは、エリートではなかった

叩き上げが、
世界一をつくった。

THE HISTORY OF GALAXY | 第2部

「これ、高いですね」
そう言われた瞬間、値段の話から逃げたくなったことはないでしょうか。

高い機種が売れないのは、値段が高いからではありません。第2部は、そこを証明した人の話です。

今日お伝えしたいことは1つです。Galaxyは、高く売ることを選んだ人がつくりました。

しかもその人は、名門大学から新卒で入った人ではありません。

中小企業を2社渡り歩いて、30手前で中途入社した技術者です。

この記事は第1部の続きです。持ち帰るのは、値段の説明のしかた1つだけで足ります。

音声で聴く15分00秒

この記事の内容を、2人の会話で解説します

AIが記事を読み解いて対話形式にした音声です。話しているのは実在の社員ではありません。

Galaxyをつくったのは、エリートではない

名前は申宗均(シン・ジョンギュン)。1956年生まれです。

2年制の工業専門大学に進み、そこから光云大学の電子工学科へ編入しています。

社会人のスタートは1981年、中小の電子メーカー。次にマクソン電子。

サムスン電子に入ったのは1984年。新卒ではなく、中途採用です。

携帯電話を担当するのは1993年から。第1部で書いた15万台の焼却の、ちょうど直前です。

つまり彼は、会社が品質でつくり直される現場に、当事者として立っていました。

申宗均 シン・ジョンギュン(1956年生まれ) 大学光云大学 電子工学(編入) その前中小メーカー2社(1981年〜) 入社1984年・中途採用 携帯へ1993年から トップ2009年・Galaxy Sを出す 高東真 コ・ドンジン(1961年生まれ) 大学成均館大学 産業工学科 その前学校を出てすぐ 入社1984年 携帯へ商品企画・海外の現場から トップ2015年・翌年にNote7
Galaxyを世界一にした二人は、同じ1984年に入社しています。

社内が反対した端末を、競合より1割高く出した

転機はSGH-600という端末でした。欧州向けのGSM方式です。

当時の韓国は、GSMを使っていません。

国内では使えない方式の端末を、国内メーカーがつくる。社内の反対は当然でした。

そのうえ価格は、競合より1割以上高く設定します。

欧州では新参のメーカーが、後発で、高い値段をつける。ふつうは通りません。

結果は、発売から9か月で200万台でした。

サムスンが大企業だから売れたんだ。そう思うかもしれません。違います。

1998年のサムスンは、欧州ではまだ新参です。名前で売れる会社ではありませんでした。

売れた理由は、高い理由を説明しきったからです。

高い機種が売れないのは、値段が高いからではありません。
高い理由を説明できていないからです。

ディテールにこだわる人は、暗記もする

画面の品質チェックを何度もやり直す。発売前に1万件を超える消費者の声を読む。休日も開発現場に出る。

社内では「ディテールの神」と呼ばれていました。

2010年、初代Galaxy Sのお披露目。

彼は英語の発表原稿を全部暗記して壇上に立っています。

技術者出身です。人前で話すのが得意なタイプではありませんでした。

知っていることと、口から出ることは別物です。
接客もまったく同じです。

「大きすぎる」は、あとから褒め言葉になった

2011年、ベルリンのIFAで初代Galaxy Noteが発表されます。画面は5.3インチ。

いまなら小さいほうです。当時は「電話にしては大きすぎる」と言われました。通話している姿が滑稽に見える、とまで書かれています。

本人も後年、「クレイジーだと言われた」と振り返っています。

それでも出しました。

いま、5インチを切るスマホを探すほうが難しくなりました。

Sシリーズの最上位「Ultra」にSペンが載っているのも、この流れです。

二人目も、叩き上げだった

申宗均のあとを継いだのが高東真(コ・ドンジン)です。

1961年生まれ、成均館大学の産業工学科。サムスン電子に入ったのは、申宗均と同じ1984年でした。

携帯事業のトップになったのは2015年12月1日。

その翌年、Galaxy Note7が発火します。

回収を選べる人が、ブランドをつくる

2016年9月2日、高東真は記者会見に立ちました。

発表したのは全量リコール。修理ではなく交換です。

原因は、電池の製造工程にありました。

言い方を変えれば、部品の問題です。逃げようと思えば逃げられました。

それでも会見では、「自社の品質管理の問題」として責任を引き受けました。

機会損失を含めた損害は7兆ウォン規模と言われます。

21年前、この会社は在庫を燃やして品質を取りました。
2016年、同じ会社が7兆ウォンを捨てて信用を取りました。

1995年 / 李健熙 不良品15万台を燃やした 在庫を捨てて、品質を取った 4位から首位へ 2016年 / 高東真 Note7を全量回収した 修理ではなく交換を選んだ 損害は7兆ウォン規模 21年あいだが空いても、同じ側を選んでいる
ブランドは、成功した話ではなく、失敗の処理で決まります。

今日のまとめ

  • Galaxyを立ち上げたのは、中小企業から中途入社した技術者だった
  • 1998年、社内の反対を押し切って競合より1割高い端末を出し、9か月で200万台売った
  • 高い機種が売れないのは値段のせいではなく、高い理由を説明できていないから

学歴ではありません。
肩書きでもありません。
反対されながら1つずつ通した人が、世界一をつくりました。

第3部では、折りたたみとAIまで進めます。
そのうえで、この3部作を店頭で使う1文に変えます。

TODAY'S ACTION

いちばん高いGalaxyの「高い理由」を、お客様の場面で1文にする

店頭で扱っている中でいちばん高いGalaxyを1台選び、「この価格差で何が変わるか」を1文で書いてください。「カメラがいい」ではなく、「夜の店内でお子さんを撮ってもぶれずに写ります」のように、お客様が実際に困る場面の言葉で書きます。書いた1文を声に出してから売場に立ってください。

Galaxyの歴史(全3部) 第1部乾物屋から始まり、携帯電話15万台を燃やすまで 第2部Galaxyをつくったのは、エリートではなかった(この記事) 第3部折りたたみとAI、そして店頭の言葉に変える